【模試成績全公開】日大落ちから一浪して神戸大学に合格しました

受験

大学から試験成績の開示結果が到着したので、僕の現役から浪人での成績の変化とか心の中とか書きたいと思います。自分用の受験記録でもあります。

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現役のときの志望校

僕は関東出身です。高校のときの僕は高校受験の成功体験から抜け出せないまま、ただ“頭がいい大学に行ければいい”とだけ考えていました。

高2の頃には心のなかで早稲田大学基幹理工学部を第一志望に決めていました。ただ、部活にすべての力を奪われてしまい、部活なんてやりたくないという気持ちでいっぱいのなかPCゲームへ現実逃避してたりしました。

その頃の僕の定期テストの成績がこちら。

流石にこのままの成績で受かるわけないと自覚していたので、予備校に通うことにしました。予備校に行けばなんとかなると思っていたいからです。

予備校に足を運んで検討するのがめんどくさかったので、適当に駿台に通うことに決めました。といっても土日含めて部活の休みは水曜日だけなので、水曜日の授業しか受けることができませんでした。

”通い始めれば、なにかが変わるだろう”という考えで水曜日の英語の授業を受け始めました。認定テストを受けましたが点数を取れず、ハイレベルコースに決まりました。

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現役模試①(第一回駿台全国判定模試)

寝ずに真面目に受けています。

すべての科目で偏差値40未満。物理は衝撃の1点。

僕はこれを到底受け入れられず、親含め誰にも見せずなかったことにしました。なかったことにしたせいで、これを期に勉強に本腰を入れるということもありませんでした。

そのまま、だらだらとろくに予習もしないで講義を聞き流している間に部活も引退し、夏休みが来ました。

夏期講習でも僕の考えは相変わらずで、”受講してれば成績上がる”でした。駿台がおすすめする講座を10万円分くらい受講して、同じように聞き流していました。

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現役模試②(第一回駿台全国模試)

どうせ理科は履修終わってないし、難しすぎてわからないからと受けずに帰りました。なのでこの結果です。数学ひどい。

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現役模試③(駿台全国マーク模試)

高3夏のマーク模試でこの成績です。

数学、理科の得点率は26%です。見て見ぬふりどころか、もう見ていませんでした。どの教科がなんてだったとか、そんなこと全く見ていませんでした。

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現役模試④(第二回駿台全国模試)

これだけ模試成績がなかったです。もしかしたら受けずに逃げたかも。

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現役模試⑤(第二回駿台全国判定模試)

相も変わらずゴミのような成績で、すべての偏差値が40未満です。

この頃、なんとか認定テストで点を取りハイレベルからスーパーに駿台のクラスを上げました。早稲田を受ける俺がハイレベルなんかにいるから成績が上がんないんだ、そんなふうに考えていました。

しかしクラスを上げてわかったことは、”スーパーは難しすぎる” です。

毎回、小テストが恥ずかしかったです。平均点を超えることは半年間で一度もありませんでした。

でも、このときクラスをに上げたことが、僕が浪人に成功したとても大きな要因の一つになりました。

この頃から僕が受験勉強をする理由は、”恥ずかしい思いをしたくない”になっていました。

日大なんてFランだとバカにしていました。実際は日大もE判定だったのに。

そのあとも同じように授業と冬期講習を受けました。

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現役模試⑥(センター試験プレテスト)

平均以下の成績ですね。このとき、駿台の模試で初めて日大理工D判定を取りました。無論、今まではずっとE判定でした。

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現役模試⑦(第三回駿台全国模試)

受験生の12月、最後の記述模試で偏差値36です。完全に勉強から逃げていました。

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現役のときの受験

そして、この模試から一ヶ月後にセンター試験がありました。

本番の結果が手元に残っていなかったので結果を詳しく覚えていませんが、覚えている点数は

総合で71%くらい、英語が180点、数ⅠAが70点くらい、ⅡBが55点くらい、理科が60点ずつくらいでした。

英語がかなり良かったおかげでなんとか7割とったという感じです。

このとき出願したセンター利用入試は、明治大学理工学部、中央大学理工学部、日本大学理工学部です。

全部落ちました。当たり前ですね。

センター試験から一ヶ月、以前と変わらぬ勉強のまま一般入試を迎えました。

受けた学校は早稲田大学基幹理工学部、中央大学理工学部(英語のみセンター試験)、日本大学理工学部でした。

正直、早稲田と中央は奇跡が起きないかぎり受からないとわかっていました。でも日大なら、あの日大に俺が落ちるわけない、と考えていました。

日大なんて行きたくないし、受かっても蹴ろうかな、なんてことも考えていました。

結局、全部落ちました。

日大に落ちたとわかったときの絶望感は、もう、落ちた人にしかわからないものです。

それが結果だと受け入れたくもないものです。

年が明けてからほとんど行かなかった駿台から、受験結果を求める電話を求める電話がかかってきます。悲しさで一人で家に居る僕は駿台からの電話を、15回くらい居留守しました。

全部落ちました、と言う勇気がなかったです。

結局、姉がいるときに電話にでました。けど、嘘つきました。

日大受けてないって言いました。どんだけプライド高いんだよって感じですよね。

でも流石に高校には正直に伝えました。

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浪人の始まり

浪人するかどうかという重大な決断をしなかったぶん(選択肢なかった)、浪人への気持ちは前向きでした。

志望校は、お金を払って浪人するので第一志望は当然国立大学にしました。といっても東工大や東大には届きそうもないのでとりあえずは千葉大工学部を第一志望としました。

現役時代に駿台に金を払いながら落ちたあてつけに、”予備校は実は無能なんじゃないか”と思い、一時宅浪してやろうかなと本気で思いましたが、結局2年目も駿台に通うことにしました。

理由は自分が予備校を正しく使えていなかったということがわかったからです。大手予備校は100年近く受験業界を生きているのですから、そのレールにただ乗っかれば受かるだろうという結論に達しました。

近くに河合塾もありましたが、駿台を選んだ理由は二年目のアドバンテージがあると思ったからです。

実際、夏期講習の具合が経験でわかっているのは大きかったです。

駿台のクラスですが、ハイレベル国公立大理系コースを選択しました。スーパー国公立大理系やその上のクラスに入学できる認定書も持っていましたが、去年の反省を生かしてハイレベルにしました。

もうひとつハイレベルを選んだ理由は千葉大理系コースの存在です。このコースは駿台千葉校にのみ設置されているのですが、このコースの使用テキストは、千葉大特化の科目を除きハイレベル理系コースと全く一緒です。なので千葉大に合格するにはハイレベルコースで必要十分だと考え、ハイレベルコースに入学しました。ちなみに駿台関西圏に設置されている神戸大理系コースもハイレベルと同じ教材を使用しています。

正直、ハイレベルクラスの生徒のレベルはかなり低いです。みんな去年の僕と同じように”とりあえずできるだけ上のクラスに”と考えてしまうのでしょう。なので下位クラスのハイレベルの生徒のレベルは下がってしまいます。

でも予備校の授業は基本的に講義形式なので、周りのレベルとか関係なく授業は進みます。講師もプロなので、やる気のある上位層にちゃんと合わせてくれるので大丈夫でした。

現役で私立理系に行くよりも、浪人して国立大学に行ったほうが結局は安いという事実も浪人することのモチベーションとなりました。

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浪人最初の模試(第一回駿台全国判定模試)

悪くないですね(去年比)。浪人のアドバンテージもありますが、千葉大工学部D判定、中央大学理工学部C判定は素直に嬉しかったです。

僕の通っていた駿台では、クラスごとに模試成績上位者がに張り出されるのですが、このときTOP5にランクインしていたか覚えていないです。

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浪人模試②(第一回駿台全国模試)

神戸大C判定 千葉大B判定

素直に俺スゲーと思いました。たぶんこのときのクラス順位は2位か3位でした。これでハイレベルコースの大体のレベルがわかると思います。たぶんスーパーコースの平均点超えていたんじゃないかなあ。

またこの頃から、この成績上昇を加味しないにしても、浪人してよかったとつくづく感じていました。勉強の本質を掴んだ気がしました。仮に現役時に私立理系に進学していたとしても、勉強にやる気など起きず、大学生活がなあなあになることは間違いなかったとおもいます。

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浪人模試③(駿台全国マーク模試)

大コケしました。神戸大E判定。

駿台は7,8月が夏期講習期間となります。夏期講習についてはまた別で書きたいと思います。

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浪人模試④(第二回駿台全国模試)

なぜか神戸大が登録されていませんが、千葉大C判定となり少し成績が下がりました。この模試、台風の影響で西日本では中止になった模試です。志望校に神戸大を書く人が少なすぎて判定が出なかったのかも。

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浪人模試⑤(第二回駿台全国判定模試)


ついに出ました神戸大B判定。

さらに電通大後期含め全判定がB以上。僕は自分が優秀とわかると俄然頑張るタイプの人間なので、この結果によってさらに勉強がはかどりました。集中力が切れてきたときは、自習室でもしょっちゅうこの成績表眺めていました。

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浪人模試⑥(北大実戦模試)

駿台では、全国模試・全国判定模試・駿台ベネッセ模試が学費に含まれる必須模試で、それに加えて大学別の実戦模試を2つまで無料で受けることができます。

北大を受験することは考えていませんでしたが無料なのでとりあえず受けときました。感想は受けても受けなくてもどっちでも良かったな、でした。結果良くなかったし。D判定です。

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浪人模試⑦(神戸大実戦模試)

大本命の模試としてかなりの意識をを持って模試に臨んだのですが、結果は大コケでした。覚悟を持って受験した分、数学で焦り失敗しました。

しかし覚悟して模試を受験し、失敗する恐怖を味わえたのは大きかったです。本番でリラックスすることは難しいですしね。

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浪人模試⑧(センター試験プレテスト)

神戸大C判定と、実力と同等の結果だと思います。理科が一年前とほとんど変わっていない(今気づいた)という酷さですが、なんとか耐えた気がします。地理は過去問でもっと取れていたので、正直あんまり気にしていませんでした。センター試験とあまり似てなかった気がします。

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浪人の出願校

ついにセンター試験本番です。去年は明治・中央・日大と3つもセンター利用を出願しましたが、浪人して意識が変わり、MARCHの理系なんて行く価値ないとわかったため、理科大にのみ出願しました。

センター利用で受かるかどうか微妙なところに出願してもしょうがないので、今の成績なら確実に受かるだろうと思われる東京理科大学基礎工学部電子応用工学科に出願しました。この学部は1年間北海道の長万部に飛ばされるのですが、一人暮らしがしたかった僕には魅力的でした。

現役のときは大学で勉強なんてしたくなかったし一人暮らしも面倒くさいと考えていたから、勉強が大変(と言われている)理科大は行きたくないと思っていたし、まして長万部なんて田舎はありえないと考えていましたが、浪人してからのたったの8ヶ月でこんない思考が変わることは想定していませんでした。

国立大は第一志望が神戸大で、センターの得点によっては千葉大に下げるつもりでした。後期は電通大を考えていました。

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二回目のセンター本番

僕はケチだからセンター試験の成績開示を申し込んでいなかったので、代わりに自己採点と後期日程で出願した筑波大学からの開示結果を貼ります。

自己採点ー13点となかなかガバガバですが、国語180点というウルトラCにより物理・化学の低点を帳消しにしてくれました。

720/900=80.0%は自己ベストです。さらに神戸大工学部情報知能工学科のセンター傾斜得点は国語、地理の配点が高いので、83%となりました。(自己採点上は)

駿台、河合のセンター利用でそれぞれB判定、A判定が出たことにより神戸大工学部情報知能工学科に出願することを決めました。また、後期に電通大に出すのはなんか気持ちが乗らなかったので、筑波大情報学群に出願しました。もともと文理融合型に興味があったし、二次試験は小論文だけで、配点のほとんどがセンターだったのでなんとかなるかなと思っていました。

理科大もそれぞれB判、A判定で去年の合格最低点よりも60点も上回っていたので間違いなく受かっていると考え、私立の一般入試はどこにも出願しないことにしました。

マークミスを考えたりすると結構リスキーな気もしますが、この辺の受験作戦はまた書きたいと思います。

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センター後から国立大入試までと最後の模試(第三回駿台全国模試)

センター試験に成功したことにより、気持ちに余裕が生まれました。

センター前から意識していたことですが、センターで得点を重ねるほど気持ちに余裕が生まれて、その分二次の得点も伸びると思います。逆にセンターで失敗すると、焦って二次も失敗する確率が高くなると思います。

センター前の12月に受験してセンター後の1月に帰ってきた模試がこちらです。

まさかの神戸大A判定。テンションぶち上がりました。このときから、神戸大に受かるということが確信に変わりました。

私立の一般入試を受けないので神戸大に特化した勉強に集中しました。

理科大のセンター利用の結果が返ってきました。合格していました。絶対に受かっているとわかっていても、結構ドキドキしましたね。大学受験二年目ではじめての合格でした。

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国立大入試

神戸には前日入りしたので、準備も考えて駿台に行く最後の日は入試3日前でした。別に駿台に思い入れはなかったんですけど、この日が高校に入ってからほぼ毎日お弁当を作っていくれていた母の最後のお弁当でした。頭ではわかっていたんですけど、感謝の言葉が何も言えず、晩御飯のときに今日で最後だってね、なんて話して終わってしまいした。みなさんはぜひ、ありがとうと言ってください。

前日はリュックひとつで東京駅から新幹線で神戸に移動して、ホテルに行く前に神戸大まで下見に言ったのですが、坂道のヤバさに絶句し工学部に辿り着く前に帰ってきました。ダウンを着てたら汗だくになりました。オープンキャンパスも何も行ってなかったので、坂の凄さを知るのが試験当日じゃなくてよかったです。

ホテルは新神戸に泊まりました。阪急で六甲駅まで数分で学校までのアクセスは良かったです。前日のホテルではあまり勉強できませんでした。緊張していたのでひたすら音楽流していました。夜飯ははなまるではまぐりうどん食べました。

当日の朝、ホテルの朝食を食べに行くとほかにも多くの受験生がいましたが、親と一緒に来ている受験生がほとんどで驚きました。

朝飯を食べて、コンビニで昼用のサラダチキンをおにぎりを買って大学に向かいました。サラダチキンは食べづらいので入試のとき買っていくものではなかったです。

六甲から学校まではバスも出ていますが、混んでるしバス停の場所もよくわからないので前日のように歩きました。結構疲れて汗もかきました。

本番は意外とあっさり終わりました。

普通は受験が終わったらその日のうちに帰りますが、僕はもう一泊していきました。神戸大受験の掲示板に書き込んだりしながら自分の答えと照らし合わせて、夜には予備校の解答速報も出始めました。

自己採点が終わったときの感想は、ヤバイ。特に数学が壊滅的でした。確率はほぼゼロ点でした。厳し目に自己採点をしてセンターと足し合わせたら、去年の合格最低点+4~5点でした。採点基準がわからないのでなんとも言えないですが、受かっても落ちてもおかしくない立ち位置でした。これで落ちたら今までは何だったんだろうと思いました。その日は食欲もなく、昼の残りのおにぎり1つ食べて寝ました。

次の日は歩いてハーバーランドのBE KOBEを見に行って、姉に言われたお土産を買ってからバスで関空に向かいました。このバスのなかでBad dayをずっと聴いて感傷的になっていました。

自宅に帰ってから、本屋で小論文の参考書を買って読みはしましたが掲示板やTwitterをずっと見ていたのであまり勉強しませんでした。駿台にも行かなかったです。でも小論文の参考書を読んで少しですが練習したことは、奨学金の申請書を書くのとかにかなり役立ちました。

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合格発表

発表は午前10時でした。当然家でパソコンから見ます。親も一緒にいました。はなおみたいに動画でも撮りながら見ようかななんて考えたこともありましたが、緊張でそんな余裕なかったです。彼は相当の自信を持っていたのでしょう。

合格発表ページは10時になる2分前くらいに更新されましたが、僕はこの日の10時をずっと待っていたのであえて開かずに10時になるまで触らずにいました。

pdfファイルが開いて、自分の番号を見つけて、喜びました。

一年間の苦労が報われたとか、見返してやったとかは思わないで、ただ良かったなと思いました。

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国立大入試成績開示結果

結局、神戸大の入試成績はこんな感じでした。

合格最低点(540点)+8点とやはり危ないラインでした。

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2年間の成績変化

神戸大B判定ラインは全国模試で49,全国判定模試で53です。

コメント

  1. […] 僕は神戸大学工学部の1回生です。現役時代は私立志望でしたが、日本大学などすべての受験校に落ちて浪人が決まりました。(【模試成績全公開】日大理工落ちから一浪して神戸大学に合格しました) […]

  2. […] 僕は一浪して神戸大学工学部に合格した現役の神大生です。浪人したときの記録はここに詳しく書いています。 […]

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